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2004/11/05

『われはロボット』

 昨日の今日だけど、早速読む。


 ・・・・・・。


 ・・・えっと。


 映画の「アイロボット」と全然関係ないやん。・・・『ロボットの時代』のほうに書いてるのかな??? それとも映画は映画で全くのオリジナルストーリィ、なのか?
 理解不能。

 しかしこれは映画の方先に見といてよかったかも。先に小説を読んでたらむしろついていけなかった可能性があり・・・ま、結果おーらいってことで。(笑)

 以下、例によって反転。

『われはロボット』 ハヤカワ文庫


 構成としては、スーザン・キャルヴィン博士の半生記? オムニバス形式でロボットに関するエピソードが語られるような作りになっている。
 ベースにあるのは工学よりも倫理学や論理学なので、読んでいて面白い。なんとなく印象として菅浩江の『永遠の森』を思い出させられた。・・・いや、書かれた年代から言うと『われはロボット』のほうが圧倒的に古いんだけど。古いと言えば、これが50年以上前に書かれたとはとても思えない。それもロボット心理学なんてものを持ち出してるせいかもしれないけど。技術的なことを言えば見た目だけに気を取られてログを取ってないとかいろいろつっこみどころはあるけれども、そっちはメインの話題じゃないのであまり気にならない。あくまでも、人間とロボットとの意見交換を軸にストーリィが進展するのでそれが古さを感じさせないような気がする。論理ゲームとかの面ではそうそう人間は変化しない、ってことかな?
 しかし、ロボット3原則ってすげえや。といっても、すごいのはロボットの行動を規制したことじゃなくて、人間の倫理パターンを3つの原則として言い換えたことなのだけど。作中でロボット3原則はあっさり破綻(?)しているんだけど、それって人間の行動パターンとして破綻している場合がある(犯罪者とか呼ぶのか?)のと同じ軌道を描いているようだってのがよくわかる。オムニバスだから話自体はバラバラなんだけど、どの話でもロボット3原則とは何かってのを常に問いかけてるので、結果として一体感のある一冊の本になってるような感じか。話の中でロボット3原則があったり、なかったり、あるけど壊れたり、あるけどなくなったり、いろんなパターンでロボット3原則を問いつめているから、たった3つだけのLowだけどだからって単純に理解はできない・・・という気になる。
 その意味では、映画版の3原則の解釈ってちょっと浅い・・・? VIKIの言うことはそりゃまあいちいちもっともなんだけど、だからってあの行為は安直なんじゃないだろうか・・・『われはロボット』を読んでそんな気になった。少なくとも、サニーのあの行為は3原則に照らせばあり得ないだろう。人間の倫理規範に読み替えて考えたときに場合によってはその行為は許される(許されはしないか・・・起こりうる、とか)かもしれないが、その場合は倫理の上位に名誉という概念がないとやっぱり許されないと思うのだけど。話を戻してサニーの行為の裏に名誉に該当するファクターがあったのか・・・なさそうだなぁ(いや、私が見落としただけかもしらんけど)。

・・・とまぁ、そんなわけで。SF好きな人はもちろん、あんまり興味のないひとも読んでみる価値あり。


 

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